(蝦夷の入口にして、眩い歴史の舞台) もうずいぶん昔に修学旅行という形で訪れた断片的な記憶がある町です。敢えて、記憶をたどることをせずに、二日間をかけて、ゆっくりと歩いてみることにしました。小樽を思い出させる坂道もありましたが、様子が違って、とても道が広いようです。ホテルのような施設には駐車場がありますが、どこもかしこも路駐の車だらけです。本当に駐車場が必要なのかと訝ってしまうような町でした。
夕方から夜の灯りが点るまで、ゆっくり見ていました。時期は早春、この年は春の出足が遅れて、特に寒かったのですが、一つ一つ灯りが増えるにつけて、次々に大型バスが登ってきます。修学旅行の集団が押し寄せて、ああでもない、こうでもないと大騒ぎになり、ひと時、寒さも忘れそうでした。
大きな町のそばにあっても、尚、自然豊かな函館山は砲台跡が残る歴史の遺産。近代に軍事拠点として利用されたために、一般人は出入りができなかったことが幸いしたとか。皮肉なものです。当たり前のように多彩なスプリングエフェメラルが咲き、多くの鳥や小動物たちが動き回るのを目にしました。
津軽海峡に夕闇が迫り、少し霧が出てきました。太平洋と日本海が出逢う海峡で、微妙に色の違う海水がなかなか混じり合わずに、長く境界線が見えていたことを思い出しました。まだ中学生だった自分に出逢ってしまいそうな奇妙な気分を味わったのでした。