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すみれの香り

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サイドストーリー (つぶやきの棚 こぼれ話) 2004/08/04
 すみれの「香り」というキィワードからは、欧州産のニオイスミレやパルマスミレを連想するのが常識的でしょう。実際、日本産のすみれたちは「芳香」という点においては、おとなしい種ばかりかも知れません。しかしながら、元気なシハイスミレは気品のある強い芳香を放つことがあります。ただし、とても限定的な現象なのです。
シハイスミレ
 西日本では比較的よく見られるシハイスミレ。でも、岩手県のスミレなどを精力的に調査している武田眞一氏によると、宮城県に近い岩手県南部にシハイスミレが自生するエリアがあるとのことです。変種とされるマキノスミレではないのですよ。
 関東で稀に見られるシハイスミレは変異が多く、ほんの少し離れただけで雰囲気の異なる姿を見せてくれます。もちろん、九州、中国、四国、それぞれの旅先で出逢ったシハイスミレたちは、皆、異なった印象を醸し出していました。まだ、盛んに進化している途中なのかも知れませんね。

 これは愛媛県で観察した個体群です。関東ならマキノスミレと言われそうです。
シハイスミレ
 自生環境は低木がやっと生えている標高1,600mを超える高山帯に尖った岩がむき出しになっており、その岩の隙間から、この可憐な植物たちが生えていると想像してみて下さい。

 牧野富太郎博士に縁のある地を幾つか辿り、高知県側から北上して愛媛県との県境を超えました。グルグルとした山道で一気に駆け上がり、やっと平坦になった高原で、ふと甘い香りを感じたのです。
 周辺は岩場、その先は笹の原、植物の緑色さえ疎らな場所でした。これは何の香りなのだろう…?
シハイスミレ シハイスミレ
シハイスミレ
 風の少ない高原に漂う気品豊かな芳香。それは南向きの岩場から発せられていました。そこには小さな紅色の花たちが咲いています。シハイスミレでした。
 でも、この一面を支配するような強い芳香と、極めて小さなシハイスミレが結びつきません。近づいて状況を理解するまで少し時間がかかりました。シハイスミレって、こんな強烈な特徴があったのか…!

 こんな標高の高い場所でシハイスミレに出逢うこと自体、想定していなかったことでした。下界より小さめの植物体ですが、ちょうど良いタイミングだったようで、鮮やかな花色も印象的でした。
シハイスミレ
 シハイスミレに芳香があることは普通に知られていますが、それが特筆すべき特徴として認識されているでしょうか(稀に、際立った特徴だと表現する方もいらしゃるようです)。一方、全く芳香のない個体群もあると報告されていますね。
 すみれたちを観察に行くと、花や葉の形状、色合い、距や托葉の様子など、近くから遠くから何度も確認するのですが、芳香の確認については時々忘れてしまう傾向が…。それでも、これだけ強い芳香なら誰でも気が付きます。
 つまり、シハイスミレの芳香の有無、もしくは強弱について、個体差が極めて大きいということなのでしょう。

 数少ないポリネーターHELP!を確実に誘引するために、気合いっぱいで香気(芳香)を発したのだとすれば、このシハイスミレたちのなんとも健気なことか!
 インターネット環境とwebサイトのサービスが一般化して、誰でも容易に文書、画像、そして音声(音響)までも情報として発信できるようになりました。しかし、まだ臭いを情報として発信できる技術がありません。知らないだけで、既にあるのであれば、ありがたく利用させていただきたいところです。

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