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すみれの新種誕生

スミレ科はまだまだ分化が進んでいる若い火山のような植物群
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サイドストーリー (つぶやきの棚 こぼれ話) 2016/08/26
 すみれに限らず、一般に生物のハイブリッドは次の世代を残す能力がありません。でも、…。
ベニバナハリマスミレ
 このすみれは、スミレとアリアケスミレのハイブリッドであるハリマスミレです。特に中心部が濃い紅色を呈しているので、俗にベニバナハリマスミレと呼ばれて流通しています。
 栃木在住の神山隆之氏は「結実は極めて良好」と述べておられますが、実際に育ててみたところ、閉鎖花由来の果実にはほぼ完全稔性があるようにさえ見受けられました。
 問題は「その後」ですが、この果実から採取された種子の発芽率は高くて、信じられないことに、ほぼ親と同じ形質が引き継がれます。更に、その後も何世代かは同様だったと記憶しています。

 すると、もうこれは、すみれの新種なのではないか!と思えてしまうのですが、さて、どうなのでしょうか。
ベニバナハリマスミレ
 実は、こうした性質はタチツボスミレ属では高い頻度で見られる現象ですが、何世代も形質が継続されるというほどではないようですので、若干異なる印象があります。
 不稔になる雑種個体に、染色体が倍加する変異が生じることにより、稔性を持つ倍数体が生じることがあります。生物学では異質倍数体と呼ばれ、花も大柄になりやすいこともあり、すみれの園芸化においては一つの手法として積極的に活用されていますね(コルヒチン処理により人為的に変異を起こさせます)。

 こうした異質倍数体や稔性のある雑種個体は、両親種と交雑しても稔性のある子孫はできません。つまり、生殖的隔離がある訳で、植物分類学の概念では「新種が誕生したと考えることが可能」と、伊藤元己博士は語っています。
ハイブリッド『幾夜の夢』 ハイブリッド『幾夜の夢』
 さて、こちらもハイブリッドです。南西諸島産(否、八重山諸島産というべきか)のすみれを片親していると想定されます。花びらの裏面に青紫色が滲む性質からヤクシマスミレを想像していますが、はっきりと分かりません。『幾夜の夢』と命名しました。このハイブリッドにもしっかり稔性があります。ただ、稀に多距型の奇形が現れたり、世代を重ねるに連れて、植物体全体が小さめになってきたり、まだまだ不安定感が感じられます。

 このすみれは新種と呼んで良いのでしょうか。こうしたすみれたちを、いちいち新種と呼んでいては「キリがない」という意見があるようです。ですが、これは科学的判断の問題で、キリがあるとかないとか、そんな気分や感覚で決めることではありません。この辺は勘違いすべきではないでしょう。問題は遺伝子を継続できるかどうかです。
スミレ
 右の写真は、どこでも見られるスミレですね。スミレは中国東北部から朝鮮半島、日本など、東アジアを中心に分布します。日本国内では個体数が多いので、代表的な国産すみれという印象でしょう。
 実は、このスミレはノジスミレを片親とする交雑種起源であると確認されたそうです。最近のDNA解析では、例えばソメイヨシノの交雑はエドヒガン47%、オオシマザクラ37%、ヤマザクラ11%、その他5%の割合とデジタルな表現が用いられます。スミレの場合、日本に分布していない種が多少入っているようなので、日本が分布の中心とは言いがたいところです。

 前述のハリマスミレのもう一方の親はアリアケスミレですが、その染色体数が2n=72という特異性から、アリアケスミレが交雑種起源(異質倍数体)であることは疑いようがないところでしょう。こうした分布数が多い基本種が交雑種起源であるとすれば、交雑種起源の新種誕生を否定する根拠は全くありませんね。
 スミレ科の植物は、現在、盛んに分化が進んでいて活性化状態にあると言われています。昨日も今日も、新種が誕生しているのかも知れないと思うと、なんだかワクワクしてきます。
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