タデスミレ (蓼菫)
長野県 2007年6月2日
分類 |
タチツボスミレ類(エゾノタチツボスミレに近縁であり、エゾノタチツボスミレ類とするケースがある) |
学名 |
基本種 |
Viola thibaudieri Franchet et Savatier Published in: Enum. pl. Jap. 2:290. (1878) |
変種 |
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品種 |
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異名 |
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由来 |
thibaudieri : 人名に由来する フランス人植物採集家・医師であるチボージェ(明治期に横須賀で勤務) *和名は牧野富太郎博士が「蓼」に似ていることから命名 |
外語一般名 |
【韓】여뀌잎제비꽃 |
茎の形態 |
有茎種。茎は太くて、節が目立ち、夏には30~40cm程度の高さになる。 |
生育環境 |
山地の明るい林縁などを好む。林の中では密集する傾向がある。
生育地が明るいと花が少ないとの報告と、杉林床などの暗い環境では若い小型の個体が少ないとの報告が存在する。また、自生地のミズナラ間伐林と無間伐林の林床調査結果として、前者では小型の個体頻度が後者より低かったとの報告もある。こうした調査報告書に頼り、期待する者にとっては、それぞれ、どのように理解したら良いのか、微妙な疑問を禁じえない。
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分布 |
国内 |
局地的で限られている(事実上、長野県固有種、現在の自生地は1ヶ所のみ*とみられる)。 |
海外 |
朝鮮半島中部にも自生しているとされる(補足参照)が、情報が不足しており、はっきりしていない(여뀌잎제비꽃)。 |
補足 |
鋸歯が粗めの近縁種であるコウライタデスミレ(Viola websteri Hemsl. )が中国東北部や朝鮮半島に散在する(絶滅危惧種)。 |
花の特徴 |
形状 |
小輪(約2cm)。花弁は細めで側弁には毛がある。唇弁は短め。花茎が極めて長い。 |
色 |
白花で、唇弁と側弁に紫条が入る。 |
距 |
小さくて丸い(約5mm程度)。 |
花期 |
遅い(自生地では5~6月)。 |
花柱 |
棍棒状。 |
芳香 |
軽やかな芳香がある。 |
補足 |
萼片は挟披針形。細長くて尖り、切れ込みはない。 |
葉の特徴 |
形状 |
細長いタデに似た葉が目立ち、一見してスミレ属には見えない。 |
色 |
全体が明るい緑色。裏面は若干白っぽい。 |
補足 |
托葉は短く(2cm程度以下)、タチツボスミレに似た櫛の歯状。
頭頂部の葉が四方に広がる。葉身 と葉柄が連続的に一体化している。
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種の特徴 |
形状 |
中粒。丸めの紡錘型。 |
色 |
淡い茶褐色。 |
補足 |
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根の特徴 |
地下茎は塊状で、不定芽が生じて複数の地上茎が立ち上がることがある。 |
絶滅危惧情報 |
環境省【絶滅危惧IB類(EN)】 、長野県:絶滅危惧Ⅰ類【1A類】 |
基準標本 |
信濃 |
染色体数 |
2n=20 |
参考情報 |
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その他 |
長野県指定希少野生植物および特別指定希少野生植物に指定されている。長野県は独自に【絶滅危惧IA類】に指定、県の方がより厳しい扱いである。
2013/10/23、中部電力の研究員が人工増殖に成功したと発表した(関連記事)。
立ち上がる茎は各節で微妙に曲がり、ゆるやかにクネクネとしている。茎には白い微毛が見られる。
初秋(9月)には地上部が枯れて、越冬芽を形成する。
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長野県 2007年6月2日
文献によると、「知られていた自生地は2ヶ所だったが、そのうち、1ヶ所(浅間山麓)は伐採で絶滅した」と記載されています。1983年以降の確認報告がないということです。つまり、日本に1ヶ所しか自生地がないということになりませんか・・・!それは悲しいことです。同じ時期、近辺ではエゾノタチツボスミレが花を咲かせますが、この花が色も大きさも形状もよく似ていて、花だけ見たら識別困難だなぁと感じました。タデスミレを最終ターゲットにして出掛けてきました。比較的あっさりと見つかったことと、限りなくレッドに近い状態であることが良く繋がりません。良い香りがするということをウッカリ忘れていて、雨の晴れ間に訪れたためか、そのまま気づかないままだったのが残念です。
2003/06/12
長野県環境保全研究所等の関係者による調査報告「絶滅危惧植物タデスミレの生育環境と個体群構造」という資料を拝見しました。
その一部の引用ですが、「タデスミレの開花個体の個体数がと土壌水分が有意に正の、開空度が有意に負の効果を及ぼすことが認められた」そうです。つまり、土壌水分が多い区画には花が多く、灌木や草が少なくて上空が開けている区画には花が少ないというのです。一般論として前半は分かりますが、後半は逆じゃないかという印象を持ちますね。でも、林業の担い手が減って、きちんとした山林のメンテナンスができない状況にある現在は、タデスミレにとっては住みやすい環境ということかも知れません。
改めて「集中分布する傾向」を示すことも確認できたそうです。広い地域に点在するタイプではなく、集中型なのです。
前述の通り、自生地の近隣には、全体の印象が良く似ているエゾノタチツボスミレも見られます。
「レッドデータプランツ(山と渓谷社)」にはタデスミレとエゾノタチツボスミレの関連性が述べられていますが、一方で、葉の形状が異なることに加えて、「エゾノタチツボスミレでは根茎が横に這い、栄養繁殖によって広がるが、タデスミレでは茎の本数が増えるだけで栄養繁殖によって広がることは無い」と記載されています。
長野県希少野生動植物保護条例で「長野県指定希少野生植物および特別指定希少野生植物」とされている訳ですが、実際の保護活動には「逆効果かも知れない」との本音のお話を聞きました。無駄に自生地情報が喧伝されただけではないかとの印象を持っているそうです。また、指定後のアクションプランが曖昧だったのではないかと想像しています。
2007/01/26
「タデスミレ保護回復事業計画」という資料を入手しましたが、「不明」、「調査が必要」、「検討が必要」が繰り返されるばかりに見えます。では、有効な対策もなく公開すべき段階ではなかったのでは・・・。実際に保護を行っている方の懸念が分かったような気がしました。
2009/09/29
「日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌)講演要旨」がネットで公開されています。それによると、推定個体数は1,700‐2,000個体で、山間部および分断化した都市部に生育するタチツボスミレと、それぞれの成長段階における遺伝的多様性を比較した報告がなされたそうです。結果は想像の通りですが、「タデスミレの遺伝的多様性は山間部のタチツボスミレ個体群よりも低く、都市部で分断化されたタチツボスミレ個体群と同程度であり、非常に低いことが明らかとなった」とのことでした。多様性が失われつつあり、自生する全ての個体群を保護していかないと、種としての維持は難しいことを意味すると理解しました。
2011/12/01
長野県が2000年時点の情報に基づいて絶滅確率をシミュレーションしたという情報がありました。その結果、20年後の絶滅確率は20%、40年後には60%と推定されたそうです。
2011/12/28
詳細資料には3ヶ所の自生地が記載されています。つまり、標本が3ヶ所分残っているのですが、前述の通り、一ヶ所は絶滅したとされ、もう1ヶ所は自生ではない可能性があるとされているそうです。
2012/08/09
未確認ですが、保護目的で自生地が立入禁止であるとの情報がありました。真偽は不明ですが、調査の連続よりは意味がありそうな気がします。
2016/06/15
2011年3月に札幌で開催された日本生態学会(第58回全国大会)で、畑中佑紀氏(京大)を中心としたポスター発表があったとの情報があります。結論は「本研究によりタデスミレの遺伝的多様性は全体的に非常に低いことが明らかとなった。」となり、種としての危機的状況が改めて再確認されたことになります。
最近は、あえて訪問していないので、具体的な印象がありませんでしたが、自生地が立入禁止であるという情報がありました。正確には、立入禁止というより、種植生防護柵が設置されているものと理解しています。2020年には複数の情報がありました。
加えて、少し古い情報(報告書)ですが、ニホンジカによる採食の痕跡が認められているため、その意味でも保護柵の設置などが検討されているとの情報もありました。目的が異なりますので、同じ構造の保護柵ではないだろうと想像しています。
2020/08/16
長野県 2004年5月29日
- 独特の形状。裏面は若干白っぽい
- 長野県 2012年6月2日
人工増殖 「幻のスミレ」増殖に成功
~(略)絶滅危惧種「タデスミレ」の人工増殖に、中部電力の研究員が国内で初めて成功したことが分かった。(略)~
生態があまり知られておらず、増殖の成功事例もないため除草や伐採が生育に悪影響を与えていないかも確認した。~(略)~まず生育状況を調べた結果、除草や伐採で日照環境が改善され、生育を促進していることが分かった。~(略)~温度や期間を4段階に分け種子を管理すれば発芽率が高まると確認。発芽後も温度や光、土など条件を管理して育てれば、安定的に増殖できると解明した。増殖したタデスミレを自生する山林内に移植したところ、ほとんどが根付き、花や実もつけた。
【共同通信 2013/10/23 配信】より一部引用
少し上で「タデスミレ保護回復事業計画」という言葉が出てきます。直接関連するのかについては不明ですが、長野県が研究資金を出したと理解できますね。スミレ科の植物を人口増殖する技術は従前より存在します。記事中の「人工増殖に(略)国内で初めて成功」という表現が妥当なのか、詳細情報がないので判断できませんが、おそらく、オリヅルスミレの場合と同様、個別種の最適な栽培環境を見つけ出したということなのでしょうね。
自生地から採取した種子から増殖した株を、当該自生地に移植する(戻す)ことに遺伝子上の問題は生じないだろうとはあります。即ち、『イソスミレやメダカの場合のように、他の自生地から別系統の遺伝子が持ち込まれるようなことにはならないようだなぁ、と安心しました』という意味です。また、クローンではないので、遺伝子の多様性確保にも少し貢献するかも知れませんね。
2013/10/25
最近ではインターネットで検索すると、コウライタデスミレ (Viola websteri) の写真を見ることができます。花も葉もタデスミレとは違う印象ですね。
特に葉に違いが顕著で、幅が広くて鋸歯が目立ちます。確かに、全体としては良く似ているかも知れません。栽培品でも構わないので、実際に観察する機会があると嬉しいところです。
2015/11/14
絶滅危惧種であり、これまで自生地情報を大雑把に「長野県」と表記していました。ただし、詳細な情報が一般報告されている現状に鑑み、これより「松本市」と記載することにします。標本情報では、松本市の他に、旧真田村(現上田市)と朝日村(東筑摩郡)が知られていますが、朝日村の個体群は自生品ではない疑いがあるとされ、真田村の個体群は絶滅したものと見なされています。
2021/07/23
(2003/06/12) Latest Update 2024/08/27 [490KB]